昨日出版社から本(教科書)が送られてきた。
私が書いた文章はわずか二頁余りであるが、出版社は改版ごとに贈呈でおくってくれる。
本自体は四百頁と堂々とした装丁である。介護福祉士養成講座の「障害者福祉論」、編集にはこの分野では著名な大学教授の名が数名並び、執筆者には、またまた名の知れた大学教授から、社会福祉法人の理事長、弁護士、厚生労働省の課長と多彩な面々に彩られた教科書である。
私の手元には出版社の違う(障害者福祉論)社会福祉の本が数冊あり、年表や、基本計画、などの資料としてよく使わせて頂くのであるが、最近どうしても納得行かないものを感じている。
それは、自分が障害をもつ当事者の立場として、ものを見、聞きしているからだと最近わかったのだが、今回頂いた教科書を読んで・・・いや、その段階で止めてはいけないと改めて思い、この部分こそ教科書に残すべきだと・・・せめて、ここに意見を述べてみたい。
障害者福祉の分野ではよく知られた「支援費制度」であるが、この制度は不運の星の元に生まれた・・・といってよいと思う。(もう、今年の四月から制度は変わるから)
制度としては、しっかりとした基本をもち、戦後数ある日本の障害者福祉制度の中で、この制度ほど多くの障害当事者や、障害児を持つ親たちに夢と希望を与えた制度はないだろう。
それは、制度の中に謳われた基本部分から始まった、それまでの福祉制度は、利用者にとって選択余地のない「措置制度」(国が責任をもって、あてがう)であったが、支援費制度では「自己選択」「自己決定」「契約」と、この社会ではおよそ夢のような「本人主体」をはじめて打ち出したのである。
もちろん、「福祉はお願いするもの」の中で生きてきた「制度利用者」は戸惑い、最初は困惑した。 また、障害をもつ当事者の一部には「信じられない事が起こった」感を抱いたものもいた。
これまでの福祉制度では聞いたことのない表現が「必須課目」に登場したからである。
○ 「社会生活力を高めるための支援」 ○ 「社会資源を活用するための支援」 ○ 「ピア・カウンセリング」(障害者による当事者相談)
この表現は、それまでの福祉事務所の「△△係」で担当できる枠をはるかに超えた(大げさに言えば、次元の違う)ものを感じさせた。
特に、「ピアカウンセリング」 ※ ピアとは、同じ立場、同じ背景を持つもの、そこには、同じ障害を持つ仲間・いや自分の姿をも想像できるものがあった。
この支援費制度のなかに、上記「必須課目」を主事業とする「市町村障害者生活支援事業」が生まれ、やがて、実施主体として「地域生活支援センター」が市民十五万人に一ヶ所として市町村に設置されていった。
2004年には、全国の支援センターは419団体に広がり、その中には障害当事者によって運営されているセンターが数十に及んでいる。
非営利活動法人として当事者により運営されているセンターには、経験・研修を経た「ピアカウンセラー」が相談業務の一員として活躍しているが、ここには「電動車いす」を使用し、これまで「重度障害者」として、「障害者雇用制度」をもってしても「就職不可能」といわれてきた障害者が多い。
これまでの障害者福祉は、障害者を「福祉サービスの利用者」として位置づけてきたが、制度の利用によっては「サービスを供給する」しかも、当事者としての経験を活かした「利用する側の立場に立ったサービスの質を売る」事業所となっている。
こうした状況は教科書には不向きなのだろうか ? ? 今、地域福祉のサービス現場に、こうして重度障害者が登場(私は当事者として、これこそ《自立生活》と誇らしく思うけれど)して、税金すら払う立場になっている事実が多々あることを・・・
゜
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